3日 朝早く、メールが入る。
親友の娘さんからである。
「父が今朝 2時に逝去した」と。
ショックを受けた。信じられなかった。
彼とは入社依頼57年間の付き合いがあった。
親しくした時期と空白も多々あったが、一番濃い
付き合いをしたのが、彼が出向した後である。
出向先でのストレスを聞くのが私の役目であった。
私は彼よりの1年遅く出向。
毎月 彼の指定する飲み屋で愚痴を聞いた。
自分もいつか彼のように愚痴を言うのだと思いながら聴いていた。
彼に一番感謝しているのは、私ががんになった後に
富士山周遊ウオーキングやさわやかウオーキングに誘ってくれたことである。
また、免疫力をつけるために登山にも連れってくれた。
今こうして元気に過ごしているのも彼のお陰だと思っている。
その後も、毎月1回 飲み会を開催し交流を図っていた。
コロナで4年ばかり交流が途絶えたが、年賀状を見てびっくりした。
彼もがんに侵されていた。しかもステージ4で手術が出来ないと。
会って色々と話を聞きたかったが、頭髪も抜け、色々な事情で
会うことが叶わなかった。
彼は静岡県に骨髄バンクを創設した功労者でもあった。
奥さんを白血病で亡くし、その後に創設し、毎週のドナー
登録者の勧誘活動続けていた。
県知事表彰以上を受けてもおかしくない功労者だと思っていた。
頭も抜群よく、何事にも一生懸命に尽くしていたと同時に、
先輩後輩からの厚い信頼があった人物であり、同期の者からも
一目置かれていた人物であった。
それだけに、75歳での逝去は、余りにも早すぎるし悔やまれる。
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